“フォトジェニック・シティ別府”在住!世界で活躍する写真家ユニット「原久路 and 林ナツミ」

多数のアーティストが暮らす街、別府。え、あの人って別府に住んでたんだ!という驚きも珍しくありません。

今回ご紹介するのは、写真家ユニット「原久路 and 林ナツミ(ハラヒサジ アンド ハヤシナツミ)」のおふたり。数々の個展を開き、全世界にファンを持つ人気アーティストです。

少女写真は「壮大なごっこ遊び」


©Hisaji Hara and Natsumi Hayashi

絵を描くように写真を撮る”というおふたりの写真。同じ少女が一人二役を演じる「双子シリーズ」や人間が浮いているように見える作品『本日の浮遊』などは、選定から調整、そして完成まで多くの時間をかけています。

最近、おふたりが手掛けているのは「少女」の写真

なぜ少女を撮るのか、どこに魅力を感じるのか、大人のモデルと何が違うのか?などなど、気になるところを聞いてみました。

少女を撮り続ける理由とは?

林ナツミさん(以下、ナツミさん):
 女の子は撮影中の集中力が違います。男の子はカメラの前で「私を見て!」というようにならないんですよね。もしそういう男の子に出会えたらぜひ撮ってみたいですけど。

あと、女の子は出来上がった作品で自分がどうなるのか?について強い興味を持っていますね。

だからこそ、撮っていてもおもしろいです。

 

―― 写真を撮る時に、大人と子どもの違いってなんでしょうか?

 

原久路さん(以下、久路さん)
 少女と大人の違いは、子どもたちは頭の中が格段に自由だということですね。セックスのことやお金のことにまったくとらわれていません。

ただ純粋に楽しいことを、別府の街で写真の技術を駆使しながら遊ぶ、という感覚で撮影しています。

写真を選ぶ時も、以前は写真集や展覧会だから大人向けに……としていたんですが、今は「モデルの少女たちの心に響くもの」が選ぶ時の第一基準ですね。

ナツミさん:
 本当、撮影というより、私たちも一緒に遊んでいるような感じ。これぞごっこ遊びの神髄だと思います。

少女たちと一緒だと、何でもできるんです。

 

―― 少女と聞いて、ふと、少女椿(丸尾末広が描いた漫画)なんかも好きなのかな?という疑問が浮かんだんですが……

 

久路さん:
 もちろん好きですよ。あと、楳図かずおの漫画なんかも読みますよ。「洗礼」だったかな?

 

ー 洗礼!!!私の大好きな漫画です!!!!(興奮)

 

久路さん:
 少女の写真を撮っていると、実際に楳図かずお作品に出てくる少女っぽい瞬間がありますよ。

 

部屋の壁には、モデルの少女による手描きのイラストが飾られています。

久路さん:
 私たちは、資本主義や金融経済といった社会の枠組みに疑問を感じています。少女写真は、そういう既存の枠組みから離れたところにある作品なんです。

インスタグラムに高解像度の作品を公開しつづけるのは、出来たものを少女たちと一緒に観ることができるから。

一緒に出来上がりを観て、エキサイトして、また次も本気につながる。それも含めて遊びみたいなイメージですね。

設定している受け手は大人ではないんです。大人の基準で「いい」とか「見せたい」とかじゃない。

自分の大人度をいかに無くして、少女たちと足並みを揃えるかが勝負!みたいなね。

そういうスタンスを追求していくことで、子どものころの大事な感覚が思い出されてくるんです。ひるがえって、子どもの感覚で作ったものには、大人が思い出すべき強いメッセージが含まれてくるんじゃないか?と思ったりして、少女の写真を撮りつづけています。

少女たちのシリアス度がすごい「双子シリーズ」

©Hisaji Hara and Natsumi Hayashi

同じ少女が一人二役で違うポーズで写っており、不思議な魅力で作品に引き込まれてしまう「双子シリーズ」。インスタグラムでも世界中で人気の作品です。

久路さん:
 双子シリーズも、少女たちの方からどんどん案を出してくれます。たとえば一人二役の演じ分けにエキサイトして、少女たちが様々なキャラクターを繰り出してくれるんです。

ナツミさん:
 ごっこ遊びのシリアス度合いがスゴイんです。

久路さん:
 ほとんど、こちらはシャッターを押すだけです。
「意地悪なお姉さんと弱虫の妹」とか、彼女たちの中でキャラクター設定が決まってくるんですよね。

こちらが誤って逆の指示を出すと「今、意地悪なお姉さんだから!」とダメ出しが入ります。

少女たちのアイデアが爆発する「スナップ写真」


©Hisaji Hara and Natsumi Hayashi

双子シリーズとは違って、画像の合成が必要なく、よりタイムリーに作品を発表しているのが、別府での「スナップ」シリーズです。

久路さん:
 少女のスナップは街を散策しながら、さらに自由に撮りますよ。

 

©Hisaji Hara and Natsumi Hayashi

ナツミさん:
 スナップ写真でも、少女たちがあれこれ案を出してくれます。この写真も、彼女自身が集めたたくさんのセミの抜け殻を髪飾りとして使っています。

久路さん:
 多い時は1日2000枚以上撮ります。また、タイムリーな発表を心がけているスナップシリーズですが、ときには半年くらい寝かせてから選別して、SNSにアップすることもあります。

 

―― 半年も!まるでお味噌のようですね。そんなに長期間寝かせるのは、どうしてでしょうか?

 

久路さん:
 写真によっては、撮影現場での印象が強く残りすぎていて、すぐには冷静に選べないことがあるんです。ある程度時間をおけば、落ち着いてベストショットが選べるようになるんです。

 

少女たちとの遊びの一部のような作品たち。大人には想像もつかないような世界を彼女たちが積極的に表現してくれているようです。

インパクト大!『本日の浮遊』秘話あれこれ

©Hisaji Hara and Natsumi Hayashi

おふたりの作品の中でも、誰もが1度は見たことがあるだろうシリーズが『本日の浮遊』シリーズ。モデルはすべてナツミさんです。

ふとした日常の風景の中に、無重力のように浮き上がる女性の写真は、観る人に強烈なインパクトを与えます。

浮遊写真のきっかけは?

ナツミさん:
 きっかけはとある買い物の途中。久路に被写体になってもらって、わたしが撮影の練習をしているときでした。シャッターの瞬間、久路がわざと撮るのを難しくしようとしてジャンプしたんです。

 


©Hisaji Hara and Natsumi Hayashi

その写真が完全に浮遊して見えたんですよ。これはおもしろい!と。

連写じゃない!?手動でタイミングを合わせるのが鉄則

―― 浮遊写真は、やはりバババババーッと連写で撮って後から選ぶんでしょうか?

 

久路さん:
 いいえ、連写ではなく、全部タイミングを合わせて一枚ずつ撮っているんですよ。

連写だと、一番いい瞬間とズレちゃうんです。ベストタイミングを狙うなら、連写じゃダメだと気づいたんです。

ベトナム工場での浮遊の話

©Hisaji Hara and Natsumi Hayashi

久路さん:
 青山のスパイラルでの展示では、幅9メートル×高さ6メートルの巨大写真を吊るしました。

浮遊写真の展示では、その機会に合わせて一期一会の要素を取り入れるようにしています。

スパイラルは下着メーカーのワコールが運営するアートスペースだったので、ベトナムにある同社の工場に出かけて、実際の縫製作業のなかで浮遊の撮影を行いました。

写真を大きくしようという提案が実現できるか心配だったのですが、意外とあっさりOKが出て驚きました。

 

―― 9メートル……!!ものすごく大きい巨人になった自分を観るって、どんな感覚なんでしょう?

 

ナツミさん:
 もう、自分って感じがしませんでしたね。写真集もそうなんですけど、自分が写っているという認識はなく、ただただ不思議な感覚でした。

久路さん:
 「聖像画みたいな感じがした」という人もいました。この写真を撮影する少し前、ちょうど僕たちがイタリアに旅行して教会のフレスコ画を観ていたので、もしかしたらその印象が反映されたのかもしれません。

絵を写真で表現する「バルテュス・シリーズ」


©Hisaji Hara and Natsumi Hayashi

 

©Hisaji Hara and Natsumi Hayashi

久路さんが世界各地で個展を行った写真作品シリーズ「バルテュス絵画の考察」。

20世紀最後の巨匠と呼ばれる画家、バルテュスの絵画の構図・ポーズ・光などを写真で忠実に再現したものです。

 

こちらが、画家バルテュスの絵。

 


©Hisaji Hara and Natsumi Hayashi

こちらが、上の絵と同じ構図・光・ポーズで撮影された久路さんの作品です。

久路さん:
 画家バルテュスは、東洋の美術や哲学にほれ込んだ人でした。ヨーロッパを凌駕する思想が東洋にはある!と見とおしていた人で、構図や遠近法の解釈などに中国の山水画日本の浮世絵に通じるものがあるんです。

東洋文化を心から敬愛し、日本人の奥さんと共に和服を着て暮らしていました。

そんなバルテュスの画集を高校生の時に観て、トリコになったんです。

バルテュスの絵を写真で再現する、構図と光とポーズを絵に近づけることで、写真を通じて彼の絵を考察したといえます。

以来、絵画と写真の間の垣根は思ったより低いと感じています。どちらもこの世界に向けられた人間の眼差しという意味で。

 


©Hisaji Hara and Natsumi Hayashi

世界各地で個展を行っている「バルテュス絵画の考察」。

フォトジェニック・シティ 別府での撮影とは?

別府と東京の違いとは?

―― 東京から別府に移住されたとのことですが、理由はなんだったんでしょう?

 

ナツミさん:
 東日本大震災で起きた原発事故以来、放射能汚染を心配しつづけていて、2014年に別府へ移住しました。

 

―― 別府に移住して、写真作品の制作で何か変わりましたか?

 

久路さん:
 街角で撮るモチベーションが上がりました。100m歩く間に500枚とか撮るんですけど、東京の時では考えられませんね。

原っぱの空き地に立派な石垣が不意に立っているとか、古くて壊れかけの建物が風化しているとか、別府は探さなくても絵になる被写体が次々出てくるんです。

移住してきた最初の頃は、東京の感覚でおもしろい撮影場所を探していました。
東京には東京のおもしろさがあります。ビルとビルの間の路地とか、混雑して人でいっぱいの駅の構内とか。

別府でもその感覚で撮影地を探してみたのですが、なかなかピンとくる場所が見つかりませんでした。

 

久路さん:
 別府に住んで2年半くらい経った時、少女のスナップの撮影中に突然、「カタンッ」とカードがひっくり返るように別府の街の面白さに目覚めたんです。心の中の何かが大きく切り替わったような感じでした。

地元で暮らす少女たちと写真を撮り始めたことで、彼女たちが親しんできた街の魅力に自然と目覚めさせられたのかも知れません。

そこからは“フォトジェニック・シティ”別府の魅力に開眼しましたよ。

 

―― おお、フォトジェニック・シティ!なんだか80年代っぽい響きですね。

 

久路さん:
 別府は、街角に魅力が集約されていると感じますね。

東京では目にすることができない風景がたくさんあるから、全部オイシイ!撮りたい!となります。

 

―― 撮影場所はおふたりで決めるんですか?ケンカとかしませんか?ちなみにウチはアレですけど

 

ナツミさん:
 撮る場所はいつもふたりで決めています。だいたいがゲリラ撮影ですね。
ケンカは……あまりしないかな。

東京との違いと言えば、外国の人と話す機会が多いっていうのがありますね。別府には外国からの観光客や留学生がたくさんいます。

私たちは別府に来てから、もう3年ほど英語を習っていますよ。

ユニットで活動する理由とは?

久路さん:
 ユニットだと、どっちが撮っているの?なんて聞かれるけれど、そこはあまり重要じゃないんです。ふたりでひとつの作品を作っています。

ナツミさん:
 たとえば『本日の浮遊』では、「モデルは林さんだよね?じゃあ写真は誰が撮ったの?」とよく聞かれますね。

最初はセルフタイマーで自分で撮ったりもしましたが、今はすべて久路が撮っています。

久路さん:
 二人で制作に取り組んでいる以上、どちらが撮ったのかとか、作品の権利はどちらにあるのかとか、そういうことは気にしなくていいと思っています。

一人の名前で活動している作家でも、実際にはパートナーと協同で制作していることは多いですし。

世間が求める作家像は、生まれつき何もかも一人でできる天才かも知れないけど、それはあくまで理想像じゃないかなと思うんですね。

 

ナツミさん:
 ある海外の取材を受けた時なんかは「林ナツミは女子高生で、ひとりで撮影してひとりで全部やっている」って記事にされたこともありました。

その方が話題性もあるし、センセーショナルだからなのでしょうが、訂正を求めてもなかなか対応してもらえませんでした。

 

―― そんなウソ、書いちゃうんですね……。女子高生、確かにその方がウケそうですね。JK好きですもんね、みんな。私も大好物です!

 

久路さん:
 そういうゴリゴリの資本主義とか商業の仕組みに乗りたくないっていう気持ちは、大きいですよね。

だからあえて、最近はすべてユニットとして活動して、作品を発表しています。

本人たちもビックリ!高校の教科書に掲載

―― なぜここに、高校の教科書が……???

 

ナツミさん:
 実は、ふたりで書いた文章がこの教科書に載ってるんですよ。とても不思議な気分です、高校の教科書に自分たちの文章が載るなんて。

久路さん:
 自分たちの文章から国語の問題が出題されているというのもおもしろいですよね。

 

―― 「作者のこの時の気持ちは?」なんて問題にされたり?

 

久路さん:
 そうですね、「筆者にとっての『学び』とはどういうものか?」なんて問題があると、自分たちもあらためて文章を読み返して、再確認してみたくなりますね。

ナツミさん:
 ちょっと照れくさい感じですよね。でも、この文章をたくさんの高校生が読んでくれるんだなと思うと、嬉しいと同時に、きちんとメッセージを届けられる文章になっているか、あらためて緊張もしますね。

めちゃうま自家製カレーをごちそうになる、の巻

取材当日、随分と長いことお話をしていたのにも関わらず……もっと話が聞きたい!と思い、再びおふたりのお宅へお邪魔した筆者。

 

夫&娘と共に伺うと、絶品の手作りカレーとお野菜、そしてお酒を用意して迎えてくれました。

 

大きなダンゴムシのフィギュアを大いに気に入る娘。
その娘を見つめるおふたりは、やはりカメラマンでした。

「今の目線イイネ」とか、「洋服の色合わせのセンスがスゴイ」とか、褒めちぎってくれるんです。

ほめられて嬉しくなった娘は、両親そっちのけで久路さん&ナツミさんにメロメロでした。

まとめ

柔らかく気さくな雰囲気のおふたり。お会いする前はガッチガチに緊張していた筆者ですが、話を聞いているうちにすっかり楽しくなり、思わず長時間居座ってしまいました。

東京とは違う魅力の詰まった別府での撮影を、地元の少女とともに心から楽しんでいる様子のおふたり。

作品は別府で撮られているものが多いので「あ、この街角知ってる!」「あ、これはトキハの紙袋だ!」なんて、別府市民だからこそ楽しめる小さな発見もありますよ。

日常のような非日常のような、ちょっと不思議で思わず見入ってしまう風景、そして少女たちの見たこともない表情……などなど、どの作品もじっくり味わいたくなる魅力に満ちています。

今後ともおふたりの活動から目が離せません!

原久路 and 林ナツミ

2013年より写真家ユニットとしてコラボレーション作品の制作に専念。2014年に東京から九州へ移住、大分県別府市を拠点に制作活動を行っている。 二人のユニット作品の新作はインスタグラムのアカウントで随時公開中。

公式インスタグラム
https://www.instagram.com/hisajihara_and_natsumihayashi/

出典 http://www.nikon-image.com/enjoy/life/kiseki/gallery21/

原久路

1964年東京都出身。武蔵野美術大学造形学部卒業後、テレビカメラマンを経て、写真家に。1993年渡米。ニューヨークの映像制作プロダクションにてドキュメンタリー番組の撮影監督を務める。2001年に帰国後、フリーランスとなり写真作品制作を開始。2009年、写真作品シリーズ「バルテュス絵画の考察」を発表。現在まで世界各地で個展を行う。2011年から林ナツミの『本日の浮遊』で撮影技術を担当。2013年から写真家ユニット「原久路 and 林ナツミ」として活動中。

出典 http://www.nikon-image.com/enjoy/life/kiseki/gallery21/

林ナツミ

1982年埼玉県出身。立教大学文学部卒業後、同大学大学院で児童心理学などを学ぶ。卒業後は演劇スクールなどで演技を学びながら芸能事務所に所属、ファッション写真や写真家の作品でモデルを務める。2009年から原久路の作品制作でアシスタントを始める。2011年、自らのジャンプの瞬間を捉えた写真作品シリーズ『本日の浮遊』を自身のブログでスタート、現在は原久路とのコラボレーションとして制作を続ける。2013年から写真家ユニット「原久路 and 林ナツミ」として活動中。

出典 http://www.nikon-image.com/enjoy/life/kiseki/gallery21/

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この記事を書いた人
泥ぬマコ

べっぷる編集長。ビーベップ編集長。フリーランスのライター・編集。夫・娘・犬と一緒に別府へ移住してきました。PR記事や取材記事、キャッチコピーや企画・構成・編集も請け負っています。
ブログ→泥ろぐ http://doronumako.com